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最後の一行

2008.10.15 (Wed)

いつもどおりの朝を迎えた。
毎日毎日いつも通りの一通りの行事をこなし
長男であることが一番思い知らされる小言の嵐。
この家が特殊であると気づいたのは、小学校に入ったくらいからだろうか。
テレビであるような占いという類のものじゃない。
ぴったりとまるで見えているかのように先を示す針。
その針は、例えるならばレコードに落とすような棒の先に付いたような形をしている。
その針の上には、蝶が羽を休めているような形をした取っ手が付いている。
それをつまんで、適当な気分で回す。
左に回そうと右に回そうと結果は同じ。
繰り返しても、同じ答えしか出ない。
もちろん、二回まわした時は大叔母にいつもの小言が100倍になるほど叱られた。
ただ、二回目をまわした時特に意識せず回したのにもかかわらず
ぴたっと初めに止まった場所で一周もせずに止まったことが印象的で忘れられない。
それ以来、この大盤があまり好きじゃない。
人生は人それぞれのものなんていうが、この家では大盤のものだ。
大盤が言った事は、外れたことがない。
こちらがどんなにその結果を拒んだとしても、こんな時にとばかりに訪れる。
家訓というべきか。
それが、正しい言葉に当てはまるのかどうかはわからない。
だが、大盆がいったこと以外の出来事を起こしてはならないという大叔母からの言いつけが毎日毎日繰り返される。
起きた時どうなるのかは、聞いたことがない。
大叔母と会話をしたことはない。
大叔母はただ大盤の前に座り、針の止まったとき口を開く。
おお盆を覗いて、書いてある文字を読み上げる。
自分たちが見ることはできない。
読み上げた後、決まり文句の小言が何種類かあるうちのどれかが読み上げられる。
ほぼ、機械的だ。
父・母ともに健在ではあるが、顔をあわせることは食事以外無い。
会話も挨拶程度。
兄弟は、6人いる。
異質な家庭環境のせいか兄弟同士でもそう会話がない。
唯一仲がいい兄弟は、一番下の妹のような弟。
昔から、男の子は育ちにくいからということで女の格好をさせるなどという文化が残っている我が家では弟は昔から体が弱かったために赤子の時だけでなく今でも女の格好をさせられ女のような振る舞いで髪も長い。
態度は、素っ気なく男を感じさせることもあるが歳が離れている分小さな頃から可愛がってきた。
そのためか、兄弟の中では一番普通に話すことができる。
他の兄弟たちは、あまり接点がない。
大学に入った事で、余裕もできたがアルバイトなんて許可が下りることなく長男としてのわきまえとやらを身につけさせるために、ひびこの歳になってもお稽古事の嵐だ。
 おかげで、つつがない行動はできたとしても一般常識的な観点からはかなりずれて育ったようだ。
友達なんていやしない。
一応、学友として許されている人物はいるがなんというか、友達という範疇じゃない。
あくまで、学友としての勤めを果たしている。
そんな態度だ。
それも、自分を必ず上に持ち上げるような言い回しであったり時代劇に奉公人のような存在を思わせる。
 この今までの人生の中で、窮屈だと感じたのは実はない。
今までが当たり前に育ったために、それから開放されたいなどという願望はない。
もちろん、いい加減聞き飽きたと思うことはあれど毎度のことだと諦めもつく。
許婚などという存在もいるらしいが会ったこともない。
もちろん、その許婚とやらも血縁関係にあるのだろう。

毎日繰り返される、ほぼ変わらない毎日。
大盤がすでに何が今日一日のメインイベントか伝えてしまうため
ちっとも面白みのない毎日。
それが、一通の手紙がこんな事にひっぱりだされるとは思っていなかった。

意味がわからない日だった。
言われた文言を手紙に書き、封をしておけ。というものだった。
それは、一番下の弟が生まれた日のこと。
言われたとおりに書いて、言われたとおりに封をし、机に閉まった。
すっかり、忘れ去られていたその封筒の存在は引き出しにいたはずが引き出しの後ろにするっと入り込み落ちて埃をかぶっていた。

封をした手紙を娘に渡せ

というのが、今日の一日のメインイベント。
娘って誰だよという思いは飲み込んで、娘だとされる相手は向こうからやってくるに違いない。
それは、いつものこと。
憂鬱だった。
こういうはっきりとしない結果の見えないイベントは、大抵誰かが消えていく日だ。
その娘が自分に関係のない人間ならいいがと思いつつ、階段ですれ違った弟が一発で自分が不機嫌なことを見抜いた。
相変わらず勘のいい奴だ。

大学へ行く時間になり、昼頃家を出た。
大学の授業を一通り終え帰宅しようとしたとき、声をかけられた。
「あの、お願いがあります」
「何?」
見知らぬ娘だった。
「あなたが持っている物を頂きたいのです」
こいつか。
「あぁ、あんたなんだ。娘って」
「え?」
「いや、なんでもない。はい、これ。これなら渡すことができる」
「い・・・いいんですか?手紙・・・ですけれど」
「うん、それしか渡せないから」
「あの、ありがとうございます」
「じゃぁ」

良かった。
あんな娘、しらない人間だ。
会ったこともない。
関係がないのなら、この今日の一日のイベントに関しては考えすぎだったのだろう。
それにしても、あの手紙になんてかいたか思い出せない。
なんだったかな。
つまり、思い出せないほどたいした内容ではないということだろう。
自分にとっては。
害がないのならそれでいい。
21:15  |  短編小説  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

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