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日本語を考えるヒカルちゃん

2009.10.03 (Sat)

ヒカルちゃんシリーズですが、今回扱うテーマは「差別用語」というものです。

不愉快だ!と思われる方もいらっしゃると思いますので

テーマが既に差別用語としておりますので、大丈夫だ!というか方のみ

続きをご覧くださいますよう、お願い申し上げます。

日下ヒカル






追記です。


では、「差別用語」についてです。

私は保育園の頃からいじめられ小学校に上がっても保育園と同じ面々がいて

結局いじめは続いていました。

それで友達がいなくて、小学校四年生まで学校帰りにある祖父母に家に遊びに行っていました。

祖父母は「差別用語」などといわれる前の時代を生きていますので

その言葉を普通に使っていました。

子供とは大人が言う言葉の意味を聞いて真似しますよね?

なので私も「話したことがあったのです」

その時、多分先生から怒られたんだと思います。でも、どうして怒るのかわかりませんでした。

何を話したかというと「めくらなんだよ、あのおじいちゃん」だったはずです。

めくら=目の見えない人 現在で言うならば「視覚障害者」というのでしょう。

では、何故、めくらという言葉が「差別用語」になってしまったのでしょうか?

もちろんその言葉を悪く使う人がいたからでしょう。

でも昔の人は「目の見えない人」という直接的ない方を避け配慮を含めた言い方として

代名詞「めくら」と言ったんだそうです。(本で読みました)

他には、つんぼ(耳の聞こえない人) びっこひいいてる(足をずって歩く感じのこと)

そういう言葉は日常的に祖父母の家では使われていましたので

怒られる理由はまったく理解できませんでした。

私の両親は結婚も遅かったのでどちらかというと、こういう言葉を使います。

普通に。

でも、まったく悪気はありません。

逆に私は「障害者」「健常者」という言葉が、大嫌いです。

だって、「障害」ですよ?

なんかどこかに害があるみたいじゃないですか。

確かに不自由はあるでしょう。五体満足ではないのは変えようのない事実です。

でも、「あの人障害者だから」という会話はどうなんでしょうか。

私は「健常者」ですが、自分を「健常者」だから言いたくないのです。

健康であり何の害も無い人というイメージがあるからです。

字面が気に食わないといえばそれだけなんですが。

漢字は一文字にいみがあるじゃないですか。その意味をとって考えるとどうしても

好きになれませんでした。

中学生のとき耳の聞こえない子と出会ったのは衝撃的でした。

けれど、子供は何の気遣いも無くストレートに彼女と会話する方法を聞いたのです。

特に嫌な顔せず、私も気の聞かない子といえばそうなんですが

いい音楽だよといってカセットテープを持っていったことがあります。

少しは聞こえる。という彼女の言葉を聞いて嬉しかったから。

「いい曲だね」といってくれたことを忘れません。

多分、大人だったらしないでしょうね。

私は本当に子供でした。

精神年齢は親の過干渉のお陰でずっと育っていなかったんだと思います。

それがよかったのか悪かったのかわかりませんが、映画に見たり宝塚みたりしました。

私が口で台詞を伝えて解説して。

全然苦にならなかったし、それが当たり前でした。

でも、学校の授業で「同和教育」があるたびどういうわけか「差別」に繋がり「障害者の差別」を

担任教諭は取り上げ必ず彼女を題材にしました。

彼女は泣いて「どうして私の事をいつも言うの」といいました。

先生は26歳でした。

性格も今考えればかなり非常識な人だったんですが

彼女に対して「障害者です」「聴覚障害者といいます」とかそういうことをいうんですよ。

それで嫌悪感を抱き泣いていた彼女を見ているからこの言葉が嫌いになったのかもしれません。

卒業後、交流はなくなりましたが時折思います。

交通機関でもトラブルがあったとき放送で流れます。

あの聞き取りづらいスピーカーで。

割れるような音で。

耳が聞こえない場合、流れていることすら気づきません。

何があったのかもまったくわかりません。

目が見えない場合、買い物にきたら欲しいものがどれがわかりません。

言葉では限界があります。店でバイトしていたときは袋から出して素材とか確かめてもらい

自動ドアじゃないのでドアを開け段差があり、その後に駐車場があるから車止めがあり

危険いっぱいでした。

不安でした。

何をどう伝えたらいいのか。

まったく気づかないこともありました。

それは義手をつけている和尚さんでした。

帰るときの車を見たらハンドルが片腕で操作できるようになっていました。

わからない場合が多いんですよね。一見では。

言葉は最大の武器っていうでしょう?

文字を触るようになってそれがどれだけの重みなのか考えます。

「差別用語」とされている言葉以外に「使ってはいけない言葉」というのが暗黙の了解で

あるようです。

出版業界にもテレビ業界にも。

それが「どうして?」というものがかなり多いそうなんです。

表現の自由ということばが浮かんできますね。

ただし、言葉が武器であるということを忘れずにという部分を考慮しすぎると

言葉の束縛になる。

悪意があるかないかで言葉は何でも武器になる。

日本語で「差別用語」といいますが外国でもあるのでしょうかね?

さて、長々と語りましたが今日はちょっとした言葉のお話でした。

どういうわけか私は左腕の力がないんです。

異常値とされ検査したらMRIとか必ず受けろ言われるので「いつものこと」といいます。

障害者ではないが健常者でもないんだと思います。

中間地点は沢山いますよね。

アトピコちゃんは沢山増えてますし、喘息だったり、色々・・・。

その中で今出来ることは、盲導犬協会の募金があっているときは募金をしています。

わんこさんたちにありがとうとお礼を言って。

後は、聴導犬の導入が増えるといいなと思います。

それと介護犬とか?

犬ばかりですね。

・・・・だからって、猫は難しいかな?

パン君みたいにお猿さんとかもダメかな?

動物との共存。

中々、それも、人間のエゴを押し付けていますが

助かっているのは事実。

愛情を持って接することが最大のお返しでしょうね。

言葉のお話 以上です。
07:07  |  ○△ヒカルちゃん  |  Trackback(0)  |  Comment(10)

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コメント

日本語は難しい

障害者

障害

この言葉は今、かわろうとしているよ。
「害」ではないんだ。
個性なんだって。

「障害」と言う呼び方を変えようと
時代は動いているそうです。

ただ、「障碍」の表記にもどすか
ひらがなにするかとかまだ
決定はしていないけど。

とても素敵なことだと思う。
だって「害」って変だよね。
ちあ |  2009.10.03(土) 12:04 | URL |  【編集】

ちあちゃんへ

あら、そうなのね。
私と同じ考えの人いたんだ。よかった。
そうそう、もう個性だよね。
生まれた生物全てが同じ形とは限らない。
そうやって命を障害とされるのはちょっとあんまりだと感じていました。
まぁ生まれたときはそうだったとしてもその何らかの出来事で何かを失っても
生きていくしかないのだから。
個性として受け止め生きるんだものね。
変わろうとしている。
うん、素敵(^-^)
日下ヒカル |  2009.10.03(土) 14:22 | URL |  【編集】

ネコはメンタルケアに役立つけど、身体的手助けは難しいニャ~。

私も、障害者に対する世間のやり方がおかしいと思っているよ。
異常にに意識していると思う。同じ扱いでいいんだよね。ただ出来ない部分があるから気が付いたら手伝ってあげる、そういうことでいいんだけど、難しくしたがるのが世の中。
当たり前に手伝ってあげられる、そういう心が足りなさすぎ。
子どものほうがそういうところが出来ているんだね。
同和教育なんて特にそうなんだけど、難しくすることでね、得をする人たちがいるんだって。嫌な世の中だけど、本当らしいよ。
世の中つくづく、裏がはびこっているのね。
同和教育こそ、差別化を子どもに植えつけていると思います。って、ちょっと過激なこといっちゃったかな。
政治改革で、ソコンとこにもメスを入れてもらいたいものですよね。まじで。
おネコ |  2009.10.03(土) 15:58 | URL |  【編集】

おネコさんへ

ネコは確かにメンタル要素の大活躍ですね!(^-^)
まったりした動きに、膝に乗ってくれる子は暖かいし♪

当たり前に手伝うが確かに少ないですね。
同和教育は今もあるんでしょうかね?私も思ってました。
教えるからこそ逆に子供は興味を持ち差別的なことをしてしまうのではないか。
歴史として教えるなら社会の時間とかで、差別に対して教えるとなると違いますよね。
得かぁ・・・
にゃんだかなぁ(ーー;

おとながしっかりせんと、ちぃっともよくなりゃぁせんですばい。
うん。
日下ヒカル |  2009.10.03(土) 16:14 | URL |  【編集】

その先生ひどい……
お友だちはさぞ傷ついたと思います
マスコミには各社、用語ハンドブックみたいのがあって
避けるべき言葉と言い換えの例がのっています
私の母も時折差別語を使いましたが
そういう言葉を使うのはたいてい
その人たちを低く見る文脈でだったと記憶しています
例のiモード版広辞苑をみますと
「差別語」は「特定の人を不当に低く扱ったり蔑視したりする意味合いを含む語」とありますね
たとえばめくらという言葉だと、単に目の見えない人という意味だけでなしに
同じくiモード版広辞苑だと
「物事の弁別のつかないこと。また、その人」
とかいう失礼な意味がついてきちゃう
そういう言葉の歴史っていうか文化的背景があって
差別語とされるようになったんじゃないかと思います
でも言葉だけ表面的に気を遣っても意味はないですよね!
長くなっちゃったのでこのへんで……
ライム |  2009.10.03(土) 21:37 | URL |  【編集】

こんにちは

とても的確なお話だと思いました。
正直私も違和感がありました。
あるとき、「すみません、片手落ちでした」と言ったら、「それは差別用語、片手のない人に失礼な言葉」と言われ、びっくりしました。
確かに配慮不足かもしれないけど、いちいち結び付けて考えるのはどういうものかと…。

めくら、つんぼ…
それに比べた時に障害者という言葉のほうが…
ヒカルさんのおっしゃるとおりだと思います。
最近は障がい者などといったりしていますが、
さらに不自然さが増すような気がします。

そういえば、私の生まれたところでは、
何の他意もなく、「あそこの部落は…」と言います。
だって、ただ集落という意味で使っているのですから…。
意識するほうがかえって不自然のような気がするんです。

空飛ぶミケ猫 |  2009.10.03(土) 21:39 | URL |  【編集】

コメントでは、はじめまして!
(時々おじゃまして、楽しませていただいていますが^^)

なんだか、この記事で、今まで私が違和感を感じていたものが、スッキリしたような気がします。
「害」という言葉だったんだ!!!

先日、身近な友達から、「障害」に関して打ち明けられ、色々な悩みの相談を受けたのですが、「障害」という言葉も使いたくないし、「健常」という言葉も違和感。もう、本当になんていっていいのか分かりませんでした。今までは気にせず使っていた言葉でも、いざ、自分の身近になると、思いがかわってきますね。

「めくらさん」という言い方、その是非は別にして、ある意味ストレートな表現で、「害」があるかないかより尊重した表現のような気もしてきます。

ヒカルさんは言葉に繊細に関わっている分、まだまだ色々な思いがあるのでしょうね。
勉強になりました^^

万梨 |  2009.10.03(土) 21:57 | URL |  【編集】

ライムさんへ

やはり「避けるべき用語」というものは実在しているんですね。
それを私は知らないから、まぁいうなればそんな意図はないのに表現を制限されてしまう。
と、感じたのです。
もちろん、悪く使おうと思えば悪い意味というのはなんにでも含まれるんだけれど
どうしても悪い方が目立つから避けるようになったんでしょうね。

当時の先生は今考えたら本当に非常識な先生でした。
私の家に夜の八時ごろ何の連絡も無く来て「どう接したらいいか分からない」とか言い出して
???状態で玄関で話しましたね。
先生はとても早口だったから口が読めなくて、いくら大きく開けてもさすがに読めませんでした。
だからゆっくりを心がけてといったけど黒板書くでしょ?
だからどの先生もちょっとね・・・どうしようもないというか。。。
勉強は辛かったでしょうね、その点を気づいて上げられなかったなぁ・・・
手紙ばっかりやり取りしてたし、声を出さなくても会話できるからずーっとはなしてた(^^;;;
日下ヒカル |  2009.10.03(土) 22:54 | URL |  【編集】

空飛ぶミケ猫さんへ

そうそう!それそれ!「片手落ち」私も意味を知らず本で知って
でもまさか、字面そのままとは思わないからなんだろうって思ってたのに
手の無い人に失礼だと今は言われるそうですね。
いや、本当に、驚きました。

部落、この言葉も私が小学生のとき・・・かな?
使っちゃダメというために教えるけど意味を教えないから意味が分からなくて
何で差別に繋がるのかとわかったのは中学の日本史の授業だったかな。
階級をつけた時代、その背景、その名残。
なんというか・・・差別した理由というのは本来なんだったのか知らないのですが
祖父母はすごく気にしていたらしいということを聞きましたね。
やはりそういう生活があったんでしょうね、時代として。
私はないのですが、今はどうなんでしょうね。知らないだけで・・・という感じでしょうか。

意識しすぎて不自然に。
その通りですね。意識するなら違う視点に!と
日下ヒカル |  2009.10.03(土) 22:58 | URL |  【編集】

万梨さんへ

はじめまして!いらっしゃいませ~(^-^)
コメントありがとうございます!

スッキリ!よかったです(^^;;
反感を買うだろうかと思って書かなかった記事だったのですが
思い切って書いてみたのでした。。。
身近に感じるとなんと言葉に表していいのやらと悩んでしまいますよね。
まぁ私もめくらさんというのは言わなくなりましたが、そのまま「おめめが見えないのかな?」と
その人直接はいいませんがなんとなく、感じたときに周りの人に聞くときそういいますね。
どういう言い方をしても、悪意があるなしは判断できますものね。

小説を書き出して、表現を考えたとき、ふと感じてこのような記事に。
また色々バリアフリー化が進んでいる中、意外と進んでいない現実。

あ、でも地デジはうれしいですね。
お耳が聞こえなくてもテロップがでるでしょ?副音声が。
あれは便利!今までは専用の機械とか必要だったはずだから最高ですよ!(^^)
よくみるんです。字幕ONにして。
日下ヒカル |  2009.10.03(土) 23:04 | URL |  【編集】

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